それほどでもない話があるところ。

ほんの些細なノスタルジー。文章。暇をご用意ください。

2024-01-01から1年間の記事一覧

他愛もない話

「誤解です」 私は、さりげなくも力強く否定をした。隣人は訳が分からないという顔をしている。 私たちは、会話をしていた。本を読んでいた隣人にそのタイトルを教えてもらい、それを検索したのだ。ここでようやく、隣人は私を見た。正確には、私のiPhoneの…

染め上げた生成り

「今のは、待ったをかけたいですね」 私は、隣人に話しかけた。隣人は本を読んでいる最中だ。いつも本を読んでいる。その本に栞を挟み、閉じた。「聞こうか」と、ひとこと呟いて。 私は、「待った」の理由を話し始めた。 つい先ほど、乗客の一人が客室係にリ…

ある感性の一瞬

「……という花ですよ。お気軽にどうぞ」 花の存在を知っていても、名前が分からない。というのはよくあることだろう。この花に対しての私もそうだ。客室係がサービスをしているこの花の名前が分からない。見渡せば、ほとんどの乗客が買っていた。地域の名産品…

そんなんじゃないですよ

「これは良いもんでな」 特急列車の車内。隣人が席を立った数分後、初老の男性がそこに腰掛けた。 私に話しかけているのか、それともひとりごとなのか。結局、私はなにも答えなかった。 「今はつくるところも減ってしまったが、昔はここら一帯はこればかりだ…

紅葉で別れた

「なに読んでるんですか?」 私は、隣人に話しかけた。正直、紀伊国屋書店のブックカバーで隠された本のタイトルには、興味がない。どちらかというと、この特急列車の車内によくもまあ、分厚い本を持ち込もうなどと思うものだなという関心の方が高かった。 …

夕方に耽る

「世の中はETCですよ」 高速道路は現金支払いからETC支払いのみに変わろうとしていた。今はその渦中にあり、どちらの支払い方法も利用可能ではあるが、私の素人目にはETC利用者の方が多いように見えている。料金所の有人レーンが閑散としていた。従業員のお…

花の見頃

「もうこの歳だしな」 なんていう言葉は、たくさん聞いてきた。たとえば、そう。多いのは転職だろう。結婚……ということもあるか。とにかく、なにかを始めるのに年齢がチラついて一歩を踏み出せない、ということだ。 私は転職組だが、隣人はちがう。新卒から…

感情に浸る

「なに聴いてんの?」 分厚い本を読んでいる隣人が、本に目線をやったまま聞いてきた。私はイヤホンを外して、松原みきの真夜中のドアと答えたが隣人はその曲を知らないようだ。もう少し前に聞いてくれれば、竹内まりやのプラスティック・ラブだったんだけど…

直前の鉢合わせ

「あなたは私に似ている」 職場でそんなことを言われると、ほんの少し安心したものだ。同類を見つけたようで。それが先輩なら尚更。ここではうまくやっていけそうな気を持たせてくれる。言われたときは、なんでわざわざ言うんだろう? と思ったものだが、な…

苦しむコーヒーと静かな隣人

「最近、いい人いる?」 隣人に聞かれた。学生のころに帰り道でした些細な会話、好きな人いる? と同じ意味だ。私は、みっともなくも口からたれたコーヒーをハンカチで拭った。 「うーん……。どうだろうな……」 「気になる人とかさ」 「ああ……」 私のつまらな…

エモーショナルな切符

「行き先が書いてあるところ、ですかね」 ちっとも興味がない。というわけではないらしい。読んでいた本に栞を挟んだ。どうやら、聞いてくれるようだった。 「今の時代、ぴぴっとすれば通れる改札ですよ? 運賃を払えばどこで降りてもいいわけですから」 私…

友人も仕事中

「同級生なんだ。当然だろ」 いや、正確には同級生ではない。クラスが別だった。同学年だ。え? 同い年の人のことを同級生と言う? そうか。私にはどうにも違和感があるな。 まあ、それはさておき。 (閑話休題のことを、それはさておきと訳した小説家は誰だ…